蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

断腸寝日記


生きていくためには食わねばならず、食うためには働かねばならず、働くためには世間様から仕事を頂戴しなければならない。

仕事を頂くためには普段から己の技能に磨きをかけ、たまにはくらいあんとに腰を低くかがめて、慣れないお世辞のひとつやふたつはかまさなければならぬ。これが当たりきな生活者の基本だろう。

そういう次第で渡世の浮き沈みを楽しんでいる私だが、昨日はちょっぴり失敗してしまいました。

午後から中野坂上のT大でのおつとめが終って、「やれやれこれで懐かしの我が家に帰れるわい」と思いつつ新宿駅のホームでが来るのを待っていた。

そいつがなかなか来ないので、携帯を取り出して1417を押すと、家人からの午後4時の留守録が入っているではないか。

「B社のO氏が自宅に電話してきたので、外出していて8時ごろには戻ると返事したら、また電話しますといっていた。たぶん仕事の依頼だと思うから、折り返し連絡してみたら」という内容であった。

この会社は主に週末の木曜か金曜日に発注することが多い。時計を見るとすでに7時だ。急いでO氏に電話をかける。

「あまでうすさん、どうかしましたか? え、電話? ああそうそう、4時ごろにお電話したんですが、お帰りが8時になるということなので、仕事は別のライターさんに頼んじゃいました。残念でしたね。どもわざわざお電話ありがとうございました。んじゃあ、バイビー」

しまった。やっぱりオイラに発注があったんだ。

家人の電話の直後にO氏にコールバックすれば、即お仕事がいただけたに違いない。おお、なんということだ。これで1か月分の稼ぎが吹っ飛んじまった! 大失敗だ。

しかし、待てよ。私は4時にはT大にいて、携帯もポケットに入っていた。どうしてその時私の着メロのエルガーの「愛の挨拶」が鳴らなかったのであろう? 

まさか、またしてもいつの間にやら伝言メモに切り替わっていたのでは? 顔色を変えながら私が携帯を取り出して調べてみると、やはりそのまさかであった。

この19世紀製の携帯には伝言メモという機能があって、たまさかどこかのボタンに触れると自動的に普通の留守電を停止して、どこか別なところにメッセージを録音してしまうのである。

このあほばか機能のお陰で、私は新潮社のE誌のS編集長をはじめ、各方面に何回迷惑をかけたことだろう。

それなのにまたしてもやってしまった。やはりおらっちのようなアナログ人間は、携帯のようなデジタル機器なんか使うなということだろうな。

と、がっくり落ち込みながら、満員の湘南新宿ラインに揺られ揺られて帰宅した私でありました。
                           
人生、晴れの日もあれば、曇りの日も、雨の日もありますね。 ハイ、おしまい。