蝶人戯画録

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追悼 ロストロポーヴィッチ


♪音楽千夜一夜 第18回

風薫る5月を目前にしてエリツィン前大統領の後を追うように、ロシア、というよりは旧ソ連チェリスト&指揮者ロストロポーヴィッチがガンで80歳で亡くなった。

チェロ奏者としてのロストロの代表作は、やはり晩年のバッハの無伴奏組曲ということになるのであろう。

しかしそれはヨーヨーマの演奏よりはましとはいえ、残念ながら私にはつまらなかった。むしろ往年リヒテルとフィリップスに入れたベートーヴェンチェロソナタの燃え滾る劇演が忘れがたい。

世間では、指揮者としてのロストロについてはまるで評価していないようだが、ワシントンナショナル響を率いて入れたショスタコーヴィッチの交響曲全集や20世紀最高のオペラのひとつ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の名演は、いつまでも私たちの胸を焦がすだろう。

しかし音楽の仕事もさることながら、ロストロ氏は、旧ソ連の社会ファシズム体制にあって人権と芸術表現の権利を守るために命懸けで戦った自由の戦士として後世に名を留めるであろう。

あのソルジェニーツィンを身を挺して自宅に匿い、頑迷な共産主義者と戦うためにエリツィン前大統領と共に内務省に立てこもった戦う老インテリゲンチャの姿は、中国天安門事件の民主化運動で戦車の前に立ちふさがった少年の姿に重なるようにしてときおりは私たちの脳裏に甦ることだろう。