蝶人戯画録

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市川崑追悼の「細雪」を観る


照る日曇る日第100回

先日私の大好きなマイミクのぽんぽこはんが映画「細雪」について書いておられたので私も負けてへんでとぐあんばってDVDで見てみたんや。谷崎はんの原作もそら素晴らしいけど、さすがに市川崑はんの代表作に恥じへん代表的な日本映画どしたえ。

時は昭和13年。迫りくる戦争の足音とつかの間の幸せ。やがてはすべてが崩壊する桜の園の最後の宴、姉妹たちの窓際を流れゆく二度と帰らぬ美しい季節が、市川はんの円熟のメガフォンでその一時いっときを惜しむかのようにゆるやかに流れていくんですからもうたまりまへん。

ラストのへんで岸恵子はんが「今年はもう姉妹4人で京の桜を見れへんのやねえ」と呟かれたときには、さすがに非情で冷酷な鉄の心を持つ私も、我知らずさめざめと細雪のような涙を流しておりましてん。

思えば映画で泣いたんは今を去るおよそ10年前に「ローマの休日」がコンピューター補正された新装版を、確かまだ新橋にあったヘラルドさんの試写で見たとき以来やったなあ。あんときはヘップバーンはんが、記者会見で「イエス、ローマ」と答えられたその瞬間に、あたしゃぐわあと人目をはばからずに号泣してしもうてからに、もう恥ずかしゅうて恥ずかしゅうてたまらず、失礼ながらラスト・クレジットが終わるのをまたんと現場から新橋駅まで逃走しよりましたんや。しゃあけんど私にいわしてもらえば、あの映画のあのシーンで泣かないやつなんか人間ではあらしまへんで、ほんまの話。

肝心の「細雪」でっけど、女優さんがみなはんよろしおしたなあ。私は吉永はんの演技がいつも気になるんやけど、この映画の雪子はんでは役どころとマッチして彼女の大根ぶりがあんまり外に出ず、ほんまよろしゅうおしたなあ。

衣装も絢爛豪華で眼の保養になりましたが、あれは当時の大阪船場や芦屋のセレブのおべべにしては、なんぼ映画衣装とはいえちと色柄デザインが下卑すぎておりましたな。上方のふぁっちょんかるちゃあは、絶対もっと渋くて底が深いもんや。当節ならいざ知らず、谷崎わーるどの主人公たちが、あんなギンギンギラギラにどぎつい下品な着物を着ておったはずはありまへん。大阪弁だけやなしにコスチュームも谷崎夫人のご指導を仰いだらよかったんとちゃいますか。

それから音楽担当2人もおるくせに、使用音楽は英国ヘンデルはんのラルゴ、おんぶら・まい・ふだけちゅうのは一体どういう了見や。貧相な電子音楽やし、せめてオケの生使うとか、もうひとひねりできんかったんやろか。ともかくあれなら素人でもでけます。

それにしてもラストの箕面の紅葉と女優さんの顔のアップ、きれいどしたなあ。美しい日本の景色と美人はいったいどこに行ってしもたんやろか。5年前にたった一度銀座で見かけたような気がするけど、あれは夢まぼろしやったんやろか。


♪新橋のヘラルドエースの試写室でヘップヘップと悌きしわれかも