蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

映画「おくりびと」を鑑賞する

闇にまぎれて bowyow cine-archives vol.9

滝田洋二郎監督の本作はアカデミー外国語部門賞を獲得したということで大変な話題になりました。先月旅行した出羽三山地方でもこの映画のタイトルを描いたイラストレーターの作品やら「おくりびと饅頭」やらお酒やらが土産物屋さんに所せましと並んでいて、時ならぬ「おくりびとブーム」を物語っていました。
なんでもこの映画に出てくる銭湯やモックンがチエロを奏でるシーンなどがこの一帯で撮影されたらしく、ロケ地をたどるバス旅行まであるというのでびっくりしました。

その作品を昨夜1泊旅行に出かけた箱根のホテルで鑑賞したのですが、なにせ民放の番組枠だったためにひっきりなしにCMが入り、せっかくの優良映画の雰囲気を妨げ、破壊することおびただしいものがありました。やはり映画は劇場かDVDかNHKに限ります。

おくりびと」とは人の死をあの世に送る手伝いをする人のことだそうで、納棺師なる職病名があることを私はこの映画ではじめて知りました。
そういえばむかし私の父が亡くなったとき、郷里の葬具屋の若いスタッフがじつに甲斐がいしく世話をしてくれたのですが、用意された棺桶の長さがわずかに長身の父の背丈に及ばず、残る1,2寸の処置をめぐって折るか畳むか無化するかと懸命に汗を流していた姿がはつかに偲ばれたことでした。

もっくん扮する納棺師はそのおりの葬具屋をはるかにしのぐ手厚いケアを死者に対して徹底的に施すのですが、それは我が国の茶道や華道や武道の専門家が茶や花や武器に対して振る舞う厳粛な儀式が死者に対しても及んでいるさまをありありと映し出します。おそらくはこの異様さと崇高さとがふたつながらに西欧人の好奇心と宗教心に感応し、スタッフの想定外の受賞に結びついたのでしょう。

役者ではもっくんの奮闘もさることながら師匠格の山崎努とその訳ありアシスタントの余貴美子の演技が賞讃に価し、広末涼子の恋人役はより知的な若手女優を選ぶべきであったという一抹の恨みが残ります。演出に大過なく、脚本と音楽はプロの仕事としては詰めが甘すぎますが、最近の邦画のレベルから推せばはまずこんなものでしょう。

もっくんの仕事を「けがらわしい」と罵っていったんは拒んだ妻が、納棺師の神聖にして祝祭的な職業の意義を悟って回心するくだり、焼場の荼毘を担当する男の述懐、棺桶に点火されて一挙に炎上する遺体、もっくんと父との無言の再会などなどいくつものドラマが内蔵された映画ですが、納棺師たちがわずか5分遅刻したことを難詰した妻を亡くした男が、山崎努の渾身のヘアメイクで賦活した妻の美貌に接して涙し、さきほどの無礼を謝して手渡した干し柿を納棺師主従がむしゃむしゃ食らう場面がもっとも印象に残ります。


♪箱根山一句浮かばず下るなり 茫洋