蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

梟が鳴く森で 第11回


9月24日

おばあちゃんと一緒に、谷口さんちへピアノのお稽古に行きました。

谷口さんはお母さんの友だちで、とても親切なおばさんです。僕のような人間があんなに難しい楽器をひけるようになるとは絶対に思っていなかったはずです。僕が5歳で、おばあちゃんが60歳で、お母さんが35歳で、空くんが3歳のときにみんなそろって谷口家にピアノを習いに行ったのですが、いまでも続いているのは70歳のおばあちゃんと僕だけです。

おばあちゃんは、早くバイエルを終えて、フォスターの「草競馬」や「庭の千草」や「夏の思い出」などを自由自在にひけるようになるのが夢です。♪オオドゥダアデエ〜

僕は、もうバイエルを終って、ハノンに入って、いまではブルグミュラーの「おしゃべり」や「無邪気」とかバッハの「メヌエット」をひいています。シューマンの「楽しき農夫」はなんとかひけますが、おなじシューマンの「最初のそんしつ」は難しいです。

脳のいかれたお前がどうしてピアノをひけるようになったのかねえ。俺はいくら頑張ってもバイエルの77番までしか進めなかったのにねえ、とお父さんはあきれ顔ですが、本当は僕にモーツアルトをひいてほしいのです。岳のやつがケッヘル475のニ短調幻想曲をひいてくれたら、俺はそれを聞きながら死んでもいいや、と言っていたのを僕は知っているからです。

でも僕はまだモーツアルトをひいてあげません。モーツアルトはとても難しいのよ、と谷口先生は仰っています。僕も同感です。せめてクラウディオ・アラウくらいの年齢になってからモーツアルトはひいてみたいとかんがえています。


   ♪モーツアルトはとても難しいのよと谷口先生語りき 茫洋