蝶人戯画録

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バレンボイム指揮ベルリンフィルの「オックスフォード・ライブ」を視


♪音楽千夜一夜第130回

1日のNHKのハイビジョンテレビ放送で、今年のベルリンフィルのヨーロピアンツアーを放送していました。英国のオックスフォード大学からの生中継です。指揮はダニエル・バレンボイム、コンマスは現在仮免許運転中の樫本大進、曲目はワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」から第3幕への前奏曲、エルガーのチエロ協奏曲、そしてブラームスの第1シンフォニーという興味深いプログラムでした。

どこが興味深いかといえば、なんといってもエルガーです。この曲の録音ではかつてバレンボイムの妻であったジャクリーヌ・デュプレのソロでジョン・バルビローリの棒で入れた演奏が有名ですが、この日はバレンボイムの抜擢で米国のアリサ・ワイラースタインが独奏しました。

彼女が楽器を調整する暇もあらばこそ、いきなり棒を振りおろすバレンボイムは相変わらずの美女いたぶり趣味丸出しですが、もしやこのかわいらしくむっちりした肉体をもつ若手女性チエリストもデュプレの二の舞になるのではという、よからぬ疑心暗鬼が私の脳裏を走ったことでした。

それはともかくアリサ・ワイラースタインはこの重い楽器を、まるでヴァイオリンのように軽やかに扱い、早いパサージュも楽々と弾きこなしていきます。相当なテクニシャンと見受けられましたが、バレンボイムともどもエルガー特有の悲愴美がてんで表現できていなかったのは残念なことでした。

残念ついでに冒頭のワーグナーもドイツ的な重厚さに欠け、トリにおかれたブラームスも、曲頭のティンパニーの連打からノリが悪く、最終楽章のコーダでは首席ビオラ奏者の清水直子チャンはじめベルリンフィルの猛者連がもうれつなアッチェレランドをかけまくる熱演を示したのですが、すべてが単なる音響の空回り大洪水となり、ブラームスますらおぶりのひとかけらもありゃしない。最近ラトルが同じオケと入れた録音と比べても天と地の無惨な出来映えに終わったのでした。そんなどうしようもない演奏を飯守なんとかという若手指揮者までもが褒めそやしていましたがいったいどういう耳を2つも備えているのか不可解です。


トリスタンとイゾルデ」を指揮させたら天下無敵のバレンボイムも、こうしたコンサートでは往々にして手抜きの生ぬるい指揮をやってしまいます。この日の演奏でも手首のバネだけでくるくる遊び半分に回していた指揮棒を取り落とすという無様な姿を公衆の面前で晒していました。
今を去る40年前の昔、ポーランドから来日したワルシャワの国立オケのなんとかロストウという指揮者が、演奏中にやはり指揮棒を取り落としたので、隣にいた私の父が「あ、落とした、落とした」と鬼の首を取ったように叫んだことをはしなくも思い出しましたが、あの日のロストウはあきらかに極度の緊張のあまり棒を取り落としたのであって、バレンボイムのごとく長屋の隠居の居眠り指揮をしていたのではありません。


♪カラオケでわたくしがただひとつ歌える歌赤胴鈴之助 茫洋