蝶人戯画録

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ジャン=リュック・ゴダール監督の「ゴダール・ソシアリスム」を見る

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.40


今年12月に米寿を迎えるゴダールの最新作の試写を見ました。その原題が「FILM JLG SOCIALISME」というのだからちょっとした驚きです。

しかしゴダールに社会主義なぞというなまぬるいレッテルは似合わない。もしかするとはじめは資本主義に気押されて不人気な社会主義を応援しようとして企画されたフィルムかもしれませんが、この映画は、世界中で狂奔する金融資本主義の危機をアトランダムに摘出しながら、あらゆるイデオロギーを超越したゴダール哲学の詩的アフォリズムがさく裂します。

全体が3つの映像楽章にわかたれ、アレグロの第1楽章では、混迷する現代世界の住人たちをノアの箱舟のように満載したゴダールの「酔いどれ船」が、嵐の海に船出するという波乱の幕開けですが、その冒頭の海のシーンのなんという美しさでしょう!
今年のカンヌ映画祭の観衆の目をいきなりくぎ付けにしたというのもむべなるかな、です。

第2楽章は仏スイス国境近くのガソリンスタンドの周辺で生きる家族を主人公にして「EUの危機」がアダージオで歌われます。資本と労働、親子の世代対決はこんな寒村のすみずみにまで浸透し、私たちが慣れ親しんだ旧秩序を日々解体し続けているのです。

そして最後のアンダンテ楽章では、人類の始原を尋ねてエジプト、パレスチナ、オデッサ、ギリシア、ナポリ、バルセロナを放浪したゴダールの「酔いどれ船」が、さまよえるオランダ人船長になり変わって旧世界の死滅を宣言し、滅亡寸前の人類へのかすかな希望を表明しているような気がします。

「太陽を襲ってやる。太陽が襲ってくるなら」(本作品の箴言から引用)

頻出する美しい映像と世界を激しく定義する箴言は、あるときは異様なコラージュとして衝突し、またあるときは乱舞する音声と三位一体となって私たちの心身を直撃します。全篇これ箴言と映像のシュールなモンタージュ! これこそモラリストゴダールが、1988年から20年を費やした「映画史」で完成させた世界認識の弁証法なのです。

老いてますます意気盛んなJLG。次回作「Adieu au langage」に期待しましょう。


権力が法を蹂躙するなら、こっちが権力を蹂躙するまでだ ゴダール&茫洋


*「ゴダール・ソシアリスム」は、12月18日より東京有楽町TOHOシネマズシャンテで公開。11月27日からは「ゴダール映画祭」も開催されるそうです。