東京都美術館で「エル・グレコ」展を観て
茫洋物見遊山記第109回
私はキリスト教の宗教画がなべて押しつけっぽくて嫌いなのですが、なぜかこの人のは面白く見物できました。
もちろん画家は、基督やマリアや預言者や天使などがジャカスカ登場する聖書の中の物語や伝奇や奇跡を題材にしているのですが、会場狭しと並べられた51の作品をつらつら眺めていると、彼の関心は信仰の告白やら布教よりも、(もちろんそれもあるのだが)、絵の構想や表現のあれやこれやにおのずと向かっていったことがありありと理解されるのです。
その代表作はなんといってもトレドのサン・ニコラス教区聖堂に掲げられた「無原罪のお宿り」でしょうが、集愚が住まう地上世界を遠く離れて、聖母マリアがさらなる天空の高みを見上げる上方へ向かってうねうねと螺旋状に上昇する熱情と力は、このクレタ島生まれの絵師の劇的なるものへの天性の性癖と技巧を雄弁に物語っています。
初期の肖像画の作品を観ると彼の写実を再現するデッサン力の非凡さ(それはどこかマネを思わせるのですが)に感嘆するのですが、いずれの顔貌もある種のマニュエリスムに毒されていることが分かります。
大胆な構成と構図、そしてその内部を埋め尽くすマニュエラ(聖女や天使をくるむ分厚い布地や毎度おなじみの大腸のような鈍重なうねりとお決まりの色彩)の組み合わせが醸し出す雰囲気は、さながら一幅の壮大な漫画的宗教曼陀羅というところでしょうか。
聖母マリアの足元にいつもゴロゴロ転がっている、死せる天使の首がそうとう不気味でありました。
一国に一つの核をあげませうそれとも全部捨てますか 蝶人
*なお本展は同館にて4月7日まで開催中。