蝶人戯画録

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埼玉県立近代美術館で「ポール・デルヴォー展」を観て

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茫洋物見遊山記108

 

ポール・デルヴォーはこれだけの作品をまとめて見たのははじめてであるが、時代順に眺めてゆくと、デルヴォーデルヴォーになったのは1944年の「夜明け」からであることが分かる。

 

ここで突然現実が超現実に吸い込まれて現実的な超現実主義となった。現実のままにして超現実、超現実にして現実という滋味深い境地はこの人独自の個性的な夢想の境地で、そこが彼が私淑したデ・キリコや他のシュルレアリスム派と一線を画すのではないだろうか。

 

彼の作品に生涯の恋人と思しき女性は度たび出てくるが、男はほとんど登場しない。それほど女性への憧れの強い人でもあったが、美しい女たちは、生きながらにしてみな死んでいる。うつろな瞳を持った死せる美女たちが、ほら、駅や階段や庭園をさまよっているのである。私が鎌倉を散策するときに700年前の武士たちの戦場を凝視しているように、彼は死都ブルッセルをさまよいながら死者たちの舞踏を幻視していた。

 

しかしなんというても本展の白眉は、彼が97年になんなんとする生涯の最後の頃に、視力を奪われつつ制作した「カリュプソ」と2点のアンタイトル作品で、それまでの様式を中空になげうち、無念無想で描きあげた色も形も判明できないおぼろな像の中にこそ、ベルギーの紫魂、死魂、士魂、そしてブルッセルの地霊がありありと表現されているのであった。

 

 

狭庭に美人姉妹並び立つ紅白の梅とつおいつ眺めて 蝶人

 

 

*なお本展は3月24日まで同館にて開催中。