蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

中上健次著「中上健次集7 千年の愉楽、奇蹟」を読んで

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照る日曇る日第615回&「これでも詩かよ」第19番&ある晴れた日に第149回

 

 

偉大なる路地の作家に、露地の歌にて返礼す。

 

 

月見町に月が出た

 

 

 

ハア、どっこいせえ、こらっせ、とこどっこい、ちょいのおちょいのちょい、月見町にでっかい、まあるい月がでたあ。

 

ハハア、ちょいと出ました、丹波盆地は田舎村の西本町

 

露地の一本裏手の月見町は、山の麓の色街でのお。出口なおはんとは、生まれも身分も違うにわか分限者どもが、夜な夜な処女の生き血を吸いにやってきたもんよ。処女の生き血を。

 

ハア、どっこいせえ、こらっせ、とこどっこい、ちょいのおちょいのちょい、月見町にでっかいまあるい月がでたあ。

 

ほんで月見町きっての美形のボンは、生まれた時からええ匂いがしてのう、

呼びもせんのに女どもが寄って来て、めろめろ腰を落としくさってのお、「まるで光源氏のようじゃ」と囁かれながら育ったもんじゃ。光源氏のお。

 

ハア、どっこいせえ、こらっせ、とこどっこい、ちょいのおちょいのちょい、月見町にでっかい、まあるい月がでたあ。

 

まだ童貞じゃった頃のボンは、芸者の落としたルージュがなにをする道具とも分からず、露地の道路に殴り書き、次いでおのれの口に入れた途端、その蕩ける血のような味に、たまらず射精したそうな。射精のお。

 

ハア、どっこいせえ、こらっせ、とこどっこい、ちょいのおちょいのちょい、月見町にでっかい、まあるい月がでたあ。

 

小学ではなんの勉強もせえへんおとなしめの小僧じゃったんじゃが、中学ではなんと生徒会長になりおおせ、ヤクザの見習いのくせして生徒の首根っこを押さえ、教師や校長にもいちもく置かれるいっちょまえの若衆に成り上がった。若衆にのお。

 

ハア、どっこいせえ、こらっせ、とこどっこい、ちょいのおちょいのちょい、月見町にでっかい、まあるい月がでたあ。

 

しゃあけんど、ボンが本物の暴力団の親分に見込まれ、大阪の本部に呼ばれて盃を交わして若頭に就任したと聞いた村の衆は、「さすがはボンじゃあ、えらい出世したもんじゃあ」と褒めそやしたげな。若頭のお。

 

ハア、どっこいせえ、こらっせ、とこどっこい、ちょいのおちょいのちょい、月見町にでっかい、まあるい月がでたあ。

 

月見町からはるばる大阪まで訪ねていった自称“恋人”は、二年後に小さな女の子を連れ、大きな腹をして帰ってきた。なんでも「お前には飽きた。はよ月見町へ帰れ」と言われたそうな。大きな腹でのお。

 

ハア、どっこいせえ、こらっせ、とこどっこい、ちょいのおちょいのちょい、月見町にでっかい、まあるい月がでたあ。

 

ボンが出入りで血祭りにあげられたのは、それから間もなくのこと。なんでも神戸の日本一の暴力団の若いもんに、出会いがしらにドスで刺されて絶命したそうな。ドスでのお。

 

ハア、どっこいせえ、こらっせ、とこどっこい、ちょいのおちょいのちょい、月見町にでっかい、まあるい月がでたあ。

 

 

処暑にして駒をはやめて亀山へ月見町に出でしまろき月かな 蝶人