蝶人戯画録

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エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮「The art of mravinsky in Moscow 1965$1972」を聴いて

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「これでも詩かよ」第23番&音楽千夜一夜第314回 ある晴れた日に第154回

 

 

Scribendumというマニアックなレーベルから発売された七枚組のCDを聴いてみました。

 

私は昔はいざ知らず、いまでは貧乏な三等遊民になり下がってしまい、あまつさえいまの政府の変態的経済政策のとばっちりで輸入価格が急騰したために、一枚二〇〇円以上もする輸入盤なぞてんで買えなくなってしまったのですが、この「スクリベンダム」は相当割高だ。希少価値を売り物に、暴利をむさぼってるぞ。

 

現在の私などには絶対買えない代物なのですが、むかし臨時収入があったおりに勢いで手が出てしまった。なんせかの名人ムラビンスキーのロシア、いなソヴィエト時代の名ライヴ録音だというので、ついつい買ってしまったんです。けれども、どんな演奏でもムラビンスキーはムラムラさせる。むらむら。

 

ここにはマエストロ得意中の得意のチャイコフスキーの五番目の交響曲や、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」の疾風怒濤の序曲、ブーラームスの第三シンフォニーもそれなりに聴けるのですが、けっしてこれらの曲の他の演奏と録音の水準を超えてはいない。

 

チャイコの五番の録音はあまたあるけれど、一九六〇年に彼と彼の手兵レニングラード交響楽団が「欧州出稼ぎてなもんや三度笠」に出かけて、たまたまウイーン楽友協会の大ホールでアルバイトしたライヴ演奏に勝る録音がない、というのもとても面白いことですね。一期一会が空前絶後となったのか。

 

それでこのCDセット最大の聴きものは、やはりショスタコーヴィチの交響曲。第六番ロ短調はショスタコの最高傑作ではないけれど、それでもその氷の刃のような冷徹さが灼熱の嵐の咆哮へと展開してゆく眼の眩むような開放感、知と情と意志の絶妙のバランスは、絶対に他の追随を許さないこの孤高の指揮者独自の世界です。

 

死ぬまでに一度はお試しあれ。

 

 

考えてみれば我らの平平凡凡たる人生のすべてが空前絶後の一期一会 蝶人