蝶人戯画録

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中上健次著「紀伊物語」を読んで

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照る日曇る日第619回

 

 

大島から始まった物語は、いつのまにかお馴染みのオリュウノオバや中本一族が棲息する路地へとなだれ込む。

 

若く美しいヒロインの道子は、胎内から突き上げる欲情に突き動かされてみさかいなしに性の喜悦をむさぼり、とうとう実の兄とも禁断の愛を体験してしまうのだが、その人間獣のような行状を彼女の同伴者として叙述する著者の筆の神々しさを、いったい何に譬えたらいいのだろうか。

 

路地とは何か? それは男とつがった女体の奥の奥の水宮に湛えられた聖なる泉の別名である。そして泉から滔々と流れ出る聖水は、路地に住む人間たちのもっとも醜く俗悪なるものを洗い流し、もっとも聖なるもの、至純にして崇高なるものへと昇華するのである。

 

しかし時代の悪しき変遷と近代化の歪んだ進行は、その聖なる土地の源泉を徐々に枯渇させ、汚染し、ついには破壊し、うるわしいまでに猥雑な懐かしき路地の思い出は、いよいよ最後の時を迎えるのだった。

 

稀代の呪術文士、中上健次の恐るべき筆力に脱帽の他はない。

 

 

空也の念仏のように思念が現実になってゆく稀代の呪術文士中上健次 蝶人