蝶人戯画録

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エルンスト・マリシュカ監督の「プリンセス・シシー」「若き皇后シシー」「ある皇后の運命の歳月」をみて

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闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.578、579、580

 

 

「プリンセス・シシー」は、はじめからおわりまでなぜか至福の感覚が持続する不思議な映画です。

 

かれんなロミー・シュナーダーと若きオーストリア皇帝(なんと名指揮者カール・ベームの息子が演じる)の純愛から奇跡の成婚までが共感をもっていきいきと描かれているのがよろし。

 

しかし婚約寸前で姉がキャンセルされて、妹のロミー・シュナーダーに白羽の矢が立つとはほんとにあった話だろうか。

 

この映画の続編でも、実人生でも悲惨な最期を迎える私の大好きなロミー・シュナーダーだが、この映画ではしあわせいっぱいの笑みを浮かべているのである。

 

しかし前作につづくこの「若き皇后シシー」の幸福感は、いったいどこに起因するのだろう? 時代のせいか、監督の能天気のせいか?

 

オーストリア皇帝フランツは、実際は民族の独立を求める自由主義者や革命派を弾圧して強権政治を貫徹した反動的な君主だが、この映画ではそんなそぶりはおくびにも出さず、ひたすら若いオーストリア皇帝と皇后の仕合わせなる純愛を色鮮やかなアグファカラーで描いてゆく。

 

華やかな戴冠式で終わった前作に対し、本作ではハンガリー帝国王、王妃就任のこれまた絢爛たる祝典でめでたしめでたしとなるんであるんであるん。

 

シリーズ最終回は、「ある皇后の運命の歳月」という思わせぶりなタイトルなので、ああ可哀想にシシーはとうとう悲惨な最期を迎えるのだな、とかたずを呑んで見守っていたら、結核を患うだけでピンピンしている。

 

そしてこの映画は、イタリアとの冷戦状態などには深入りせず、バネチアのサンマルコ宮殿での華やかな行進でめでたしめでたし、と幕を閉じてしまうのだが、麗しき皇后シリーちゃんは、実際はもっとずっと歳をとってからイタリアのアナーキストの手であわれ暗殺されてしまうのだった。

 

 

朝日歌壇から頂戴したる10枚の葉書無くなるまでにまた入選したし 蝶人