蝶人戯画録

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県立近代美術館鎌倉で「加納光於|色身―未だ視ぬ波頭よ2013展」をみて

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茫洋物見遊山記第141回&鎌倉ちょっと不思議な物語第297回

 

お芸術の秋ということでまだ紅葉には早すぎる近代美術館に足を運びました。

加納光於という作家の名前も作品もどうでもよくて、ただただ間もなく鶴岡八幡宮の圧力にいともたやすく屈して閉館を目前に控えたこの坂倉準三の手になる名建築を見にいったのでした。

 

以下、面倒くさいので美術館の紹介文を無断で引用すると、

 

加納光於(1933- ) は東京に生まれ、1960年から鎌倉に居を構え、80歳を迎えた今日もなお以前にまして旺盛な制作を続けています。加納が版画家として登場した1950年代は、敗戦の影響もあり経済的には困難でしたが、文化全体が活気に溢れた時代でした。そうしたなか、加納は目先の新しさや前衛性に与することなく、自身のめざす「孤絶している精神の晴朗さ」を手放さず、ひたすらに自らの鉱脈を探り続け、豊かなイメージを追求してきた特異な独行の作家です。


 1955年、銅版画の作品集〈植物〉を自費出版し、翌年、詩人・批評家の瀧口修造の推薦によりタケミヤ画廊で発表。その幻想的な作風は当時から高く評価され、1960年代にかけて隆盛をみせた国内外の版画展での受賞が相次ぐところとなりました。初期のモノクロームの銅版画は、その後、「版」を起点に、多様に変容してゆきます。1960年代後半の亜鉛版によるメタル・ワークと色彩版画の誕生、1970年代からはリトグラフ、エンコスティックなど次々と技法を広げ、さらにオブジェや本の装幀も手がけるなかで、1980年前後からは油彩を本格的に開始します。


 2000年の愛知県美術館での大規模な回顧展以来、公立美術館での個展としては13年ぶりとなる本展は、1950年代の銅版画から最新作の油彩まで、半世紀以上にわたる加納の制作の精髄を紹介するものです。加納の多様な表現を通して、平面と立体、言葉と造形の間を往還してゆくその独創的なイメージの変容を確認するとともに、本展のタイトル「色身(ルゥーパ)」という加納の制作の根幹に隠された色彩への問いが、わたしたちにとって未見の経験の鍵をひらくきっかけになることを願わずにいられません。 

 

というふうに長々と宣伝文句が続いておりますが、私が多少面白いと思ったのは木製の箱の中にオルゴールか時計の機械仕掛けが内蔵された立体のオビュジェ類でした。まあたまにはこういうハズレもある。お互いに相性が悪かったという他ありませんな。

 

かっこいいのはタイトルだけという後味の悪い展覧会でしたが、来たる12月1日までやっておりますので興味を持たれた方は駆けつけてご覧なさいな。

 

 

薄四分泡立草六分也秋津島 蝶人

 

 

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