蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

黒澤明監督の「白痴」をみて

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闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.603

 

ドストエフスキーの原作をものの見事に換骨奪胎し、全身全霊もて激情と慈愛と憎しみの相克に囚われた主人公たちが札幌の吹雪をさすらう光景は、さながらペテルブルクの街をゆく愛の亡霊かと錯覚するほどである。

 

そして原節子の、この世のものとは思えない凄絶な相貌と激烈な独白! 一歩も引かず美しい猛禽のように翼を広げる久我美子

 

ナターシャを演じる原とアグラーヤを演じる久我、いずれが菖蒲か杜若、どちらも強烈な存在感を発揮し、丁々発止と渡り合う。ムイシュキン公爵森雅之(超名演!)がどちらにも惹かれ、愛を感じるのは当然だろう。

 

脚本の久板栄二郎、撮影の生方敏夫、美術の松山祟が良い仕事がしており、惜しむらくは早坂文雄の音楽がやかましく付けすぎという汚点はあるが、黒澤が生涯で最も愛したこの作品は、もしかすると彼の代表する傑作かしれない。

 

それにしても黒澤が松竹の圧力で泣く泣く半分をカットした原作通りの4時間半のフィルムが、どこかに残っていないものだろうか。

 

 

   純粋で無垢で善良でちょっと莫迦我が家の家宝ムイシュキン耕爵 蝶人