蝶人戯画録

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逗子の「岩殿寺」を訪ねて

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茫洋物見遊山記第144回&鎌倉ちょっと不思議な物語第308回 

 

 

ここは鎌倉ではありませんが、限りなく鎌倉に近い逗子の山の上に立つ曹洞宗の古刹、海雲山岩殿寺で、境内からはかつて泉鏡花が賛嘆した逗子湾の絶景をいまも眺めることができます。

 

このお寺は古くはかの後白河法皇が参拝して坂東33ヶ所第2番の霊場と定められたそうですが、法皇が東下した史実はないので、これは眉つばでしょう。しかし鎌倉幕府の将軍との縁は深く、長女大姫の病回復を祈願して頼朝と政子は、夜な夜な第1番霊場の杉本観音からの巡礼古道をたどり、お百度を踏んだと伝えられています。

 

されどそもそも大姫の病気は、頼朝が彼女の婚約者であった木曽義仲の長男義高との相思相愛の仲を引き裂いた精神的なショックからきており、いわば自業自得ともいえましょうが、昔も今も子を思う親の心に変わりはないと改めて思わされる逸話です。

 

ところが月夜の鬱蒼とした杉木立の中を頼朝夫婦が手に手をとって歩んだ巡礼古道を、ほかならぬ逗子市が道路建設のために破壊したために、この歴史的遺産は往時の姿をとどめることなく、その途次で無惨にも断ち切られてしまったのです。

 

お寺の裏山に立ち、その道路越しに遥か鎌倉を望めば、環境破壊の傷跡とともに、はかなく消えた中世のひとつの恋の行方を偲ぶことができるでしょう。

 

 

なにゆえにたった一日で終わってしまったのか東西十五万人が集まった関ヶ原の戦い 蝶人