蝶人戯画録

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アリス・マンロー著「林檎の木の下で」を読んで

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照る日曇る日第713回

 

 

カナダのノーベル賞作家による2006年執筆の短編小説ですが、ここでは彼女の一族の歴史をモチーフに、なんと短編の輪でつながれた壮大な長編小説を試みていて、アッと驚かせてくれます。

 

ウオルター・スコットが生きた時代のスコットランドから筆を起こした著者は、「良いことはなにもない」寒村に生まれ育った彼女の先祖が、どういう風の吹きまわしか新大陸へ雄飛して渡海する壮大な移民の旅を、歴史映画の大作のようにいきいきと描いて感動を呼びます。

 

たんぽぽの種子やミジンコが大空を飛んで地球の果ての思いがけない土地で繁殖するように、彼女の先祖がアメリカを経由してカナダに根を下ろし、この天才的短編作家を生みだすにいたった「奇跡」を、史実に想像を交えた他ならぬ彼女自身の筆で書き下ろすのです。

 

 私たちは、著者が「まえがき」の中で述べているように、一方では歴史的事実、他方ではフィクションという2つの流れがお互いに接近し、「ひとつの水路」に滔々と流れ込む驚異と魅惑の光景に立ちあうことができるでしょう。

 

なお余談ながら本書の原題は、この本のもっとも優れた箇所であると私が考える「キャッスル・ロックからの眺め」になっているのに、邦題は「林檎の木の下で」とされているのはなぜでしょう?

 

ゴールズワージーの有名な「林檎の木」にあやかろうとしたのかもしれませんが、もしどうあってもそうしたいのなら、これも原題どおりに「林檎の木の下に横たわって」とするべきではないでしょうか。

 

 

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