蝶人戯画録

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ジャック・ドゥミ監督の「天使の入江」をみて

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bowyow cine-archives vol.659

 

 

「ローラ」で三嘆させられたジャック・ドゥミが1963年に製作した1時間半にも満たない白黒の仏蘭西映画であるが、私がこれまでにみた5本の指に入る屈指の名作です。

 

貧しく勤勉な銀行員の青年が、不良の同僚に誘われてルーレットに手を染め、ニースの「天使の入江」でたまたま美貌の莫連女に出会って運命が怒涛のように急旋回してゆく魂のエラン・ヴィタール映画なり。

 

たちまち大金持ちになり、次の瞬間には一文無しになってしまうギャンブルの快楽に生き甲斐を感じている、とうそぶく若き日のジャンヌ・モローのなんと美しく魅力的なことか! これぞファム・ファタール! こんな女に出会ったら、どんな男でも地獄の底まで堕ちていくに違いない!

 

主題も役者もこれ以上望むべきものはなく、愛の至高のラストシーンめがけて一瞬の遅滞もなく怒涛の驀進を展開する演出の凄さ、時折胸に沁みるメロディを叩きこむミシェル・ルグランの劇伴! 素晴らしい、素晴らしい、これぞ映画の中の映画だ!

 

こういう真の傑作を見せつけられるからこそ、凡百の普通の作品の下らなさが暴露される、そういう奇蹟的な映画である。

 

 

なにゆえにそんなに強い国にしたいのかそれだけ個人は弱くなるのに 蝶人