蝶人戯画録

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丸谷才一著「丸谷才一全集第4巻」を読んで

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照る日曇る日第721回 

 

 

裏声で歌へ君が代」「樹影譚」の2作をおさめた本巻ですが、なんといっても前者のタイトルが気になります。

 

 しかし読んでみると、君が代とか日本国とかについての大上段の政論は登場せず、そのかわりに画商の主人公の友人である台湾人とかその独立運動についての政治的解説や考察が反小説的にふんだんに盛り込まれており、このテーマに無知な私は大いに啓蒙されました。

 

さりながら、小説の本筋としては、著者が得意とする大人の社交&風俗小説で、成熟した男女の恋愛の諸相がたっぷりと描かれております。

 

 まあ著者にしてみれば、君が代や日本国家や天皇制について真正面から描くのはなにかと抵抗もあるだろうし、小説としてもおもしろくないので、台湾という隠し玉というかフィルターを使って、この国の国家のありよう、とりわけ個人と強権の対立、対決の極限状態についてマックス・シュティルナーの「唯一者とその所有」に拠って再検討しようと試みたのではないでしょうか。

 

 個人の自由とかエゴイズムを大事に考えたこの哲学者は、その思想の中身よりもかのマルクスによって批判されたことで有名な人物ですが、著者によって紹介されているそのゴリゴリのリゴリズムとアナーキーぶりはまことに魅力的で、久しぶりにその主著を再読してみたいと思ったほどでした。

 

 ところでこの小説が書かれたのは1982年の昔でありまして、著者はその登場人物の1人に「日本には台湾や中国や欧米諸国と違って明確な国家目的がない。この国は目的がなくてただ存在しているというきわめて現代的な国家だ」と喝破しています。

 

 けれどもかの狂信的な独裁者の登場が、本邦のすべての政治的状況を変えてしまいました。この純国産イトレルの手によって、我が国家のたぐいまれな国家的特性と優位性は完膚なきまでに破壊され、他の国家並みの中庸と優雅なき水準に引き下げられつつあるのです。

 

 なにゆえにイスラエルはガザに攻め入る敵をみな殺しても未来はない 蝶人