蝶人戯画録

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ポール・ヴァレリーの「ドガ ダンス デッサン」を読む

降っても照っても 第4回


わが偏愛の思想家による偏愛の書に清水徹氏の新訳が出た。

これは正確という病にとりつかれた孤独な思想家ポール・ヴァレリーが書いた、言葉の厳密な意味でもっともで楽しく、もっとも正統的で保守的で、才気煥発たる美術論考であり、小林秀雄の初期の美学論の源泉がここにある。

 その中からいくつかの言葉を紹介しよう。

 ・デッサンとはフォルムではない。フォルムの見方である。ドガ。
 ・橙色は彩り、緑色は中性化し、紫色は影をなす。ドガ。
・航海術の言語あるいは狩猟の言語ほど美しく実証的なものがあろうか? ヴァレリー。
・詩句は言葉でつくられる。マラルメ
・「人間は自然の敵である」フランシス・べーコン→エミール・ゾラ→ドガの言葉
・私が「大芸術」と呼ぶものは、単純にひとりの人間の全能力がそこで用いられることを要請し、その結果である作品を理解するために、もうひとりの人間の全能力が援用され、関心を向けねばならぬような芸術のことである。(中略)恣意的なものから必然的なものへの移行、これほど驚嘆すべきことがあろうか? これこそは芸術家の至高の行為であり、それ以上に美しいものがあろうか?ヴァレリー。

 私はこのうち最後のヴァレリーの言葉に導かれて、自分がもっとも軽蔑し、もっとも不案内であった領域の職業にあえて従事する決意を固め、その醜い軌跡が私の人生そのものとなった。

私はなんとヴァレリーの言う「完全なる人間」をめざしていたのである。(笑)