蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

ヒッチコック監督の「海外特派員」をみて


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.85


 1940年に製作されたこの映画は、私にはてんでわけのわからぬ映画です。

いまにも戦争が始まりそうだが、確実な情報がとれない。衝撃の事実を現地でつかんで来い、と命じられて、NYの新聞社から欧州に特派された新聞記者が、オランダやロンドンで不思議な秘密結社や政治家と接触を警察などと丁々発止のやりとりを続けるうちに、最初は味方だったはずの恋人の父親から追われる身となり、命からがらロンドンに辿りつく。

社長は「戦争勃発」の確証を具体的につかんで事前に報道せよと命じたはずなのに、特派員が欧州各地を逃げ回っているうちに、英国はナチスドイツに宣戦布告してしまう。無能の極致の特派員です。突然ですが、主演のジョエル・マクリーは現代物より西部劇が似合う俳優です。

しかし命懸け敵味方双方が秘密にしていた「特ダネ」をつかんだわれらが主人公は、ドイツ機の空襲を受けるロンドンの放送局で、その特ダネなるものを世界に向かって公表し、米国の参戦を呼び掛ける。メデタシ、メデタシ、というおめでたい映画ですが、いったいどこがおめでたいのか、おめでたい私にはさっぱり分からない。

映画の冒頭で、散華した海外特派員に捧げるという献辞がクレジットされているのは、当時の特派員が国家の諜報活動に従事して暗殺されるという事件があったからでしょうか。ともかくこの映画でも海外特派員はジャーナリストほんらいの任務を超えた政治的活動を行っているのが新鮮でもあり、意外でもありました。

世に謀略史観という便利な切り口があります。ユダヤ人やロスチャイルド家の陰謀やハルマゲドンの予言が世界を動かしているなぞと双方向の論証抜きにしたり顔で説いたりする安直な歴史解釈ですが、この映画でも「第二次大戦防止の立役者」であるオランダの元老政治家の争奪戦が敵味方で大真面目で繰り広げられるので、思わず笑ってしまいます。


僕らは思惟のみ役立たずの脳無し能無しに生きる■蟻や梨や 茫洋