蝶人戯画録

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中上健次著「千年の愉楽」を読んで

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照る日曇る日第603

 

中上の小説の故郷は路地である。古くて新しい伝説が生まれる場所、路地では、それがどこであっても古くて新しい人間が生まれ、そして死に、いまもなお陸続と生まれて死んでいる。

 

路地の不滅の女主オリュウノオバは、地球上の緯度や経度に束縛されることなく、熊野から南米ブラジルはもとよりマルケスが死にかかっているコロンビアに飛んで、「百年の孤独」のウルスラ・イグアランのごとく悪い血のために不条理に夭折する呪われた一族のために次のような永遠の歎きの歌をうたうのである。

 

山の彼方の空遠く 空の向こうに海がある 
海の向こうから人が来て 人はどんどん人を産む 
親の因果は子に報い、子供の因果は孫に来て、 
孫の良き血も悪き血も 曾孫と玄孫に流れます  
それでも切れぬ因縁は 
巴里にロンドン、ニュウヨオク、 
ボストン、東京、リオデジャネイロ 
コマンド、柳河、ローデンバック、 
丹波の国の里山の、世界のどこに生まれても、 
来孫、崑孫、仍孫、雲孫と 家族大樹は果てもなく 
どこどこまでも伸びるのじゃ  
東西南北変わりなく 成さぬ仲でも親は親、豚の尻尾でも子供は子供、 
子供を産むのは両親で、二人の親には祖父母あり、 
その祖父母には親がいて、親の因果は子に酬い、 
奇人変人みな死んで 死んだとおもうたはこりゃ目の錯覚 
あれそこに飛ぶ黄色い蝶 真っ赤な雪が降るぞえな  
大きな栗の樹の下で 身の丈十丈の大男  
死んでも見切れぬ夢を見て 色即是空 輪廻転生 
一目瞑れば百年で 二目瞑れば千年で 三つ瞑ればスフインクス 
因果は巡る風車 西郷隆盛娘です  
さあさ皆さんお手を拝借 五十六十洟垂れ小僧  
八十九十糞喰らえ 百歳なんてあっと言う間  
万人善人 霊魂不滅 一族再会 倶会一処  
さてもさても 
なんのおめえが孤独哉 


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