蝶人戯画録

毎日お届けする文芸、映画、エッセイ、詩歌の花束です。

大島渚監督の「儀式」を観て

f:id:kawaiimuku:20090704160717j:plain

 

 

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.412

 

これは1971年に製作されたアートシアターギルドの10周年記念作品である。

 

横溝正史の「犬神家の一族」を思わせる地方の旧家の一族郎党のおどろおどろの物語であるが、そこでは一家に君臨する頑迷で独裁的な祖父(佐藤慶)が、周りの女を恣に姦淫したり、家族に対して独裁的に振舞ったりしている。

 

一族のありようが天皇制国家日本であり、その中央集権的な支配の構造を「儀式」として描くのが大島の意図であるなどとしたり顔で論じる向きもあるようだが、それはこの映画とは無関係な与太話だ。

 

映画は例によって戸浦六宏小松方正渡辺文雄の三馬鹿トリオが基底部をしっかりと支えている。満州からの引き揚げ者に対する偏見と軽侮、地方の旧家の封建的な秩序とそれへの反撃、年上の女に対する少年の思慕、少年たち(河原崎建三、賀来敦子、中村敦夫、土屋清)の少女への初恋とその後の葛藤、登場人物の相次ぐ自殺や他殺などさまざまな題材が、迷走柄が輻輳するタピストリーのように重層的に積み上げられ、大島特有の悲喜劇的なドラマツルギーが痙攣するが、それぞれのテーマ自体にさして深刻な思想的意味など、ありそうで、ない。

 

ただひとつ心に響くのは主人公の少年少女と謎のファム・ファタール小山明子が海辺でキャッチボールをするラストシーンで、この夢のように美しい奇跡的な瞬間を誕生させるために、大島はこの2時間余りの映画をつくったといっても過言ではないだろう。

 

観客は大島が5分おきに虚空に向かって打ち上げる唐突で衝撃的なイマージュ、意味ありげでそのじつ無意味な台詞、そして武満徹による能のような音楽が三位一体となった超現実的で幻想的なコラージュを、あたかもゴダールの映画を鑑賞するように楽しめばいいのである。

 

「磯風」は「雪風」の砲雷撃にて撃沈されたり四四年四月七日坊ノ岬 蝶人