黒澤明監督の「わが青春に悔なし」をみて
闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.601
戦前の「京大事件」や「ゾルゲ事件」をもとに描いた黒沢の戦後第1作。原節子が、小津におけるそれとはうってかわって、はじめは処女の如く終わりは脱兎の如き熱演をみせる。
この女優は独特の存在感があるとはいえけっして演技が上手とはいえないが、ブルジョワの令嬢風の嬌艶な彼女が、彼女に恋する京大生を理由もなく土下座せよと悪魔的な表情で命じたり、獄中死した反戦活動家の妻となった彼女が、売国奴と石を投げられ、村八分に遭い、高熱を出しながらも夜叉のごとく髪振り乱して夫の郷里の田植えをするシーンなど女の諸相八面相のヴァリアントは、これすべて熱血漢黒沢のメガフォンの賜物だろう。
戦争協力者・順応者によって虐げられていた被害者たちが敗戦によって勝利者として復活するまんが的なラストにはある種のご都合主義を感じざるをえないけれども、黒澤明がハ長調で豪胆にうたいあげる社会正義とヒューマニズムの歌は、いまでは天然記念物に指定されるべきていの人類の文化遺産であり、いつの時代にも人世の基底に据えられるべき主調音だと思うのである。
わが青春に悔いなし! なんと素晴らしい題名であろうか。黒澤の演出はときとしてダサく、クサいけれど、人間いかに生きるべきかという人倫の基本を、観客の目を真正面に見据えながらスクリーンから愚直に訴えかけてくるところに希少な値打ちがあると思う。
特定秘密法案を強行採決し、戦前並みの国家主義、軍国主義への道をひた走る右翼政府が悪魔のように跳梁跋扈する昨今、このような良心的な映画こそ少国民のための道徳教材にうってつけじゃんか、と私は鎌倉川喜多記念映画館で独りごちた。
濁世に百万人躓けど独りゆく黒澤明の剛毅麗わし 蝶人
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